THE DIARY OF ANNE FRANK
アンネの日記
1959:米
監督:
ジョージ・スティーヴンス George Stevens  
出演:

ミリー・パーキンス

Millie Perkins アンネ・フランク
ジョセフ・シールドクラウト Joseph Schildkraut オットー・フランク
シェリー・ウィンタース Shelley Winters ファン・ダーン夫人
リチャード・ベイマー Richard Baymer ペーター
グスティ・ユーベル Gusti Huber エディス
ルウ・ジェコビ Lou Jacobi ファン・ダーン氏
「こんな世の中でも私は信じてるわ。人間は本来は善よ」
★★★★
1945年、アムステルダム。アウシュビッツのユダヤ人強制収容所から解放されたオットー・フランク氏は、辛い想い出のある屋根裏部屋へと戻って来た。そこには今は亡き娘アンネが2年余り綴っていた、1冊の日記帳が残されていた。最初の日付は1942年7月9日。「日記さん、あなたとは親友になるのだから自己紹介を。私はアンネ・フランク13歳」という書き出しで日記は始まっていた…。3年前のその日、フランク家はナチスドイツによるユダヤ人排斥運動から逃れオランダへと亡命して来ていたが、やがてオランダもナチスの占領下に置かれ祖国同様の迫害が始まったため、知人の経営する香味料工場の屋根裏に隠れ住むこととなった。フランク夫妻と二人の娘マルゴットとアンネ、そしてオットーを頼って同居することになったファン・ダーン夫妻とその息子ペーター、計7名が4つの部屋で暮らし、しかも工場に従業員がいる間は一切物音を立てられず、3名分の配給食料を分け合うという厳しい生活だった。秘密警察に脅えながらの暮らしはいつ終わるかも知れず、暫くしてさらに歯科医のデュッセル氏が加わり、いっそう厳しくなった耐久生活に次第に不協和音が流れ始める。しかしその中にあって、アンネとペーターの間には淡い恋心が芽生え始めていた。
まず、『アンネの日記』原本にはその真贋を巡って多くの疑問点が指摘されているようです。アンネが友達に送った手紙と日記の筆跡が明らかに異なっている点、日記の一部に当時発明されたばかりで極めて高価だったボールペンが使われている点、オランダしか知らないはずのアンネが“オランダ風梯子階段”と表記するといった記述上の不審点、等々。私も父オットー・フランク氏の手による創作の可能性は高いと考えますが、それでもフランク家をはじめ多くのユダヤ人家族が逼塞生活を余儀なくされたこと、連合軍による解放目前に強制収容所で腸チフスにより亡くなったアンネ・フランクという15歳の少女がいたことは紛れもない事実でしょう。歴史的資料としての価値は疑わしくとも、日記の形を借りたノンフィクション小説として読めば、やはり一級の“文学作品”であることに変わりはないと思われます。それを踏まえてこの作品。もとより映画というものは役者の演じるお芝居であり、たとえ原本がアンネ自身が書いたものでないことが実証されたとしても、この作品の映画としての魅力、価値が損なわれるものではないと考えます。閉塞した空間での人々の葛藤を描いた人間ドラマ、侵入者の足音に息を潜める密室劇的サスペンス、そしてラストの瑞々しくも切ないキスシーン…。映画ならではの見事な演出をもって、世界的ベストセラーの映画化に対する人々の期待に十分応える作品となっていると思えます。1万人のオーディションから主役に抜擢されたミリー・パーキンスは大きな瞳が実に印象深い美少女で、「姉のような美人じゃない」と自分を卑下する場面が若干空々しく感じられるほどですね。ちなみに映画人のコーナーでも触れてますが、当初オードリー・ヘプバーンにアンネ役のオファーがあったとか。30歳になろうかというオードリーに本気で13歳の少女を演じさせるつもりだったのでしょうか…。

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