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ヒミコはアマテラスか |
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■宇佐神宮の不思議
“四”という数字は“死”につながるということで現代でも敬遠されることは多いですね。これは日本人が古来より「言葉には魂が宿る」─すなわち言霊(ことだま)信仰を抱いて来たことの名残りであり、神社で柏手を打つ際にも“四柏手”は基本的にタブーとされています。けれどこの異例の“四柏手”を拝礼作法としている神社が日本で2カ所あります。一つは大和に殺された(?)大国主の陵墓と考えられる出雲大社(※1)。つまりは大国主の祟りを怖れ、永遠の“死”を与えることで甦りを封じるということなのでしょう。そしてもう1カ所が、大分県の宇佐神宮(宇佐八幡宮)。この宇佐神宮にもやはり、“暗殺された”卑弥呼の墓とする説があります。
宇佐神宮の主祭神は一般的には応神天皇と伝えられていますが、三柱のうち二之御殿の比売大神(ヒメオオカミ)が、一之御殿の応神を差し置いて中央に祀られているという、不思議な配置になっているそうです。これはやはり、比売大神こそが事実上の主祭神と考えていいでしょう。
この比売大神という名もまた不思議な名前です。これじゃ現代風に言えば、“女神様”程度のニュアンスしかないですもんね。思うに、これは名前が“隠された”わけではなく、古い時代には“ヒメ”という呼び名だけで了解できる、根源的な女性が存在したということではないでしょうか?
ヒメオオカミ…まさしく卑弥呼を連想させる名前ではないでしょうか。“ヒミコ”についても、名前というより“日(火)の巫女(※2)”を意味する役職名に近いものであったと思われます。これは魏の使者が勘違いした、あるいは高貴な人物の名を呼ぶことのタブーから本名を知らされなかったとも考えられますが、それでは何故“壱与”という、おそらく固有名詞であろう名は記されているのか、という疑問が残ります。やはり卑弥呼も、“日巫女”だけで通じる、根源的な存在であったのでしょう。
古代日本における、根源的な女性…すなわちアマテラス。ヒメ(日女?)…日巫女…天を照らす神…「比売大神=卑弥呼=天照大神」とつなげてみると、イメージ的にぴたりと符合するように思えるのです。
※1 古代史篇コラム01参照
※2 私は、古代においては日と火は(同じ“ヒ”と発音することからも)同一視されており、日の神が地に降り立ったのが火(=火山)の神と信じられていたのではないか、と想像しています。また、宇佐神宮の宇佐(USA)も、アソ・ウス・アサマなどと同じく火山を表わす古代語(AS〜orUS〜)に通じており、卑弥呼は“日巫女”であり“火巫女”でもあったと考えます。
■卑弥呼以死
卑弥呼が没したとされているは西暦248年。この年は、卑弥呼の死因に密接な関わりを持つと考えられる、天文学上の重大な出来事のあった年であります。─皆既日食。日本列島上で観測できたのはこれ以前では90年前のことであり、文書による記録も持たない当時の人々にとっては、まさに史上空前の天変地異に感じられたことでしょう。そして、太陽神に仕える卑弥呼=“日巫女”の神通力が失われた、と邪馬台国の人々の目に映ったのではないでしょうか。洋の東西を問わず、超自然的な力を拠り所とする“シャーマン・キング”は、その力が失われたと見るや、神の怒りを鎮めるために民衆によって殺されるケースが少なくありません。
魏志倭人伝にある「卑弥呼以死(卑弥呼以って死す)」の5文字の前文には、狗奴国との戦闘状況が報告されたのを受けて、魏は張政を遣わして詔書を授け、檄を作って告諭した、とあるのみで、肝心の“以って”が何を指しているのか不明(欠落したとも)となっています。これを松本清張は、狗奴国への敗戦の責を負うため魏の張政の命(檄告喩之)によって処刑された、と推理していますが、同年に皆既日食が起こったことを併せて考えると、卑弥呼の死が自然死であった可能性は極めて低いと言えるでしょう。
皆既日食─卑弥呼の死─男王への反発による内乱─新しい巫女王“壱与”の擁立。この一連の出来事が、神話の中でアマテラスの“天の岩戸隠れ”として表現されているのではないでしょうか。卑弥呼とアマテラスをまったくイコールで結ぶのも、やはり少々乱暴すぎると言えるでしょう。私は以前から、“宗女・壱与”とは何者か?が気になっています。卑弥呼の死後王位に就いた“男王”については、スサノヲとも神武とも云われていますが、卑弥呼の後継者である壱与についても当然、神話の中にそのイメージが残されてていいはず。“岩戸隠れ”(=皆既日食)を挟んで立つ二人の巫女王、卑弥呼と壱与が8:2くらいの割合でブレンドされたのが、アマテラスのイメージとなったのではないでしょうか。 |
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