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欠史八代は実在したか |
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■百年天皇の謎
『欠史八代説』─すなわち初代神武天皇と第10代崇神天皇を同一人物とし、第2代綏靖〜第9代開化はまったく架空の存在とする説があります。これは神武・崇神の和風諡号(贈り名/神武・崇神は漢風諡号)が共にハツクニシラススメラミコト(始国天下之天皇・御肇国天皇)といい“初めて国を統治した天皇”という意味になることに加え、2代〜9代に関する史実が殆ど記されておらずその在位年数が異様に長い(第6代孝安は101年)ことからその実在が疑問視されているわけですが、私はこれを逆説的に捉えており、“だからこそ実在したと言えるのではないか?”と考えています。
欠史八代に限らず、初期の天皇の在位年数は第11代垂仁が99年、第16代仁徳が86年など、多くが疑わしいものとなっています。これは神武が即位したとされる紀元前660年が辛酉(かのととり)にあたり、辛酉の年には革命が起こり新しい王朝が始まるという中国の讖緯(しんい)説に適うよう定めたもので、この神武即位年との帳尻を合わせるために、各天皇の在位期間を長くする必要があったのでしょう。
しかし8名の天皇が架空の存在とするならば、不自然なまでに在位年数を伸ばしたことへの説明が付きません。むしろ在位年数は常識の範囲にとどめ、8名と言わず10名でも20名でも創作した方が無理がなかったはず。これはやはり8名の天皇の実在が、当時すでに人々の常識として浸透しており、今さら架空の天皇を増やすなど、百年在位した天皇がいたとするよりもっと“トンデモナイ”ことであったからではないでしょうか?
そんなわけで、私はこの在位年数の不自然な長さこそが、欠史八代が実在したことの何よりの証拠、という結論に至ったわけであります。
■磐長姫の呪い
それではなぜ、初期の天皇と後の天皇とでは在位年数に極端な差があるのか。当時の人々も疑問に思ったことでしょう。私はその疑問への回答が、神話の中のイワナガヒメ(石長比売・磐長姫)・コノハナサクヤヒメ(木花佐久夜比売/木花咲耶姫)姉妹のエピソードに隠されていると考えます。
姉妹の父親はオオヤマツミノカミ(大山津見神・大山祗神)。天孫ニニギノミコトに、下の娘のコノハナサクヤヒメを見初められたことを喜んだオオヤマツミノカミは、姉のイワナガヒメも共に献上しますが、ニニギノミコトはイワナガヒメが醜かったため親元に送り返してしまいます。オオヤマツミノカミはこれを恥じて、ニニギノミコトに言います。姉妹二人を贈ったのは“石の如く雪や風が吹いても微動だにしない命(磐長姫)”と“木の花が栄えるかのごとく繁栄する(木花咲耶姫)”という意味を込めて贈ったのであり、イワナガヒメだけ送り返したことによって、花の様に美しいだけで儚い命となってしまった、と。
歴代天皇がだんだんと短命になっていったのは、このためだというわけでしょう。初期の天皇が非常識なまでに長命と伝えられていることの言い訳が、神話の中にちゃんと用意されているのが面白いですね。 |
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